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【コラム】那須野が原開拓と華族別邸

明治期、「日本近代史における縮図」といわれた開拓事業がありました。栃木県北部にひろがる那須野が原という扇状地での開拓です。約109.1㎢(東京ディズニーランド約235個分)という広大な原野である那須野が原で、地方版殖産興業政策の実践として、県や地元有志たち、そして華族たちによる農場経営(開墾・植林・牧畜)が行われました。その一方で、那須野が原開拓をけん引したのが、日本三大疏水のひとつに数えられる那須疏水の開削でした。農場経営と疏水。この2つこそ、那須野が原に大いなる「夢」を与えようと行われた一大事業でした。

(写真提供・所蔵名がないもの=那須野が原博物館)

  • 原野を思わせる茅原(昭和51[1976]年撮影)

  • 那須疏水第二次取入口(明治38[1905]年改築)。那須疏水は那珂川から取水し、各農場に配水された

華族たちによる農場創設

ヨーロッパ貴族に憧れた華族たちが、那須野が原に農場を開いたのは、東京から近距離だったことや貴族の領主的な性格を意識していたことが考えられます。華族農場の先駆けは、明治14(1881)年に那須西原(北の蛇尾川(さびがわ)と南の箒川にはさまれた地域)で創設された大山巖・西郷従道(つぐみち)の共同農場だった加治屋開墾場(現・那須塩原市永田・下永田、大田原市加治屋)でした。以降、三島通庸(みちつね)による三島農場や松方正義による千本松農場など、19の農場がここ那須野が原で創設されました(表「那須野が原の華族農場一覧」参照)。しかし、理想と夢をもってはじめられた農場経営でしたが、現実はかなり厳しく、多くの農場は経営が苦しい状態でした。 

  • 千本松農場の松方別邸と放羊(昭和初期、個人蔵)

  • 大山農場の牛と牧夫と家畜舎(昭和前期)

農場経営を支えた華族別邸

那須野が原には農場主の別邸が建てられました。その先駆けが、明治21(1888)年に青木周蔵によって建てられた洋風の青木別邸です。明治36(1903)年に松方正義によって建てられた松方別邸は、1階を石造(または煉瓦造り石貼り)、2階を木造板貼りとしたユニークな建物です。また、明治後期に大山巖によって建てられた大山別邸は洋館と和館からなり、洋館で公務を和館はプライベート空間として過ごしていました。いずれも別邸を拠点に、農場経営にあたっていました。

  • 青木別邸全景

  • 松方別邸全景

  • 大山別邸洋館全景

  • 大山別邸和館全景

そのほか、現存していない別邸もありますが、往時の姿は絵葉書や写真で確認することができます。

  • 那須高原三島村三島別荘(昭和初期)。昭和50(1975)年、西那須野町(現・那須塩原市)に郷土資料館建設のため譲渡された

  • 西郷別邸(明治35[1902]年頃)

昭和に入り、自作農創設による農地解放や農場経営の低迷による譲渡などで、華族農場は徐々に姿を消していきました。華族別邸は、那須野が原という殖産興業政策の実践の場で理想の実現に邁進した人たちの思いを今に伝える貴重な文化財と言えるでしょう。

《参考文献》
  • 『那須野が原に農場を −華族がめざした西洋−』(那須野が原博物館、2018年)

那須野が原の華族農場一覧

氏名 爵位 肩書き 農場名 開設年 位置 所有面積
(㎢)
主たる経営
大山巖/西郷従道 公爵/侯爵 加治屋開墾場 明治14(1881)年 西原 4.96 開墾・牧畜・山林直営
※明治34年分割
佐野常民・常羽 伯爵 博愛社社長・大蔵卿 佐野農場(佐野開墾) 明治14(1881)年 東原 2.55 耕地小作・山林直営
青木周蔵・梅三郎 子爵 外務大臣・獨逸公使 青木農場 明治14(1881)年 東原 15.73 山林直営
品川弥二郎/平田東助 子爵/伯爵 内務大臣 品川農場(傘松農場) 明治16(1883)年 湯津上原 2.24 耕地小作
山縣有朋・伊三郎 公爵 総理大臣 山縣農場 明治17(1884)年 伊佐野 7.56 山林直営
毛利元敏・元雄 子爵 旧長府藩主 毛利農場(豊浦農場) 明治18(1885)年 東原 14.24 耕地小作・山林直営
渡辺国武 子爵 大蔵大臣・福岡県令 長地農場(長地開墾) 明治19(1886)年頃 西原 1 耕地小作
三島通庸・彌太郎・通陽 子爵 栃木県令警視総監 三島農場(三島開墾) 明治19(1886)年 西原 6.67 耕地小作・山林直営
※旧肇耕社
戸田氏共 伯爵 旧大垣藩主 戸田農場 明治20(1887)年 東原 8.76 山林直営
山田顕義 伯爵 内務卿・司法大臣 山田農場(黒田原農場) 明治21(1888)年 黒田原 1.1 耕地小作・山林直営
渡辺千秋 伯爵 宮内大臣 渡辺農場(千秋開墾) 明治21(1888)年 大田原 1.35 耕地小作・山林直営
松方正義・ 公爵 大蔵大臣・総理大臣 千本松農場(松方牧場) 明治21(1888)年 西原 16.36 山林直営
※旧那須開墾社
大久保利和 侯爵 大蔵省官吏 大久保農場 明治21(1888)年 西原 1.18 耕地小作
※旧那須開墾社
佐々木高行・高美 侯爵 参議兼工部卿 佐々木農場 明治21(1888)年 西原 1.29 耕地小作・山林直営
※旧那須開墾社
野村靖 子爵 内務大臣・逓信大臣 野村農場 明治22(1889)年 糠塚原 3.72 牧畜直営
鍋島直大 侯爵 旧佐賀藩主 鍋島農場 明治26(1893)年 東原
糠塚原
3.8 耕地小作・山林直営
※旧石丸・深川農場
大山巖・ 公爵 陸軍大臣・元帥 大山農場 明治34(1901)年 西原 2.71 耕地小作・山林直営
※旧加治屋開墾場
西郷従道・従徳 侯爵 海軍大臣・元帥 西郷農場 明治34(1901)年 西原 2.4 耕地小作・山林直営
※旧加治屋開墾場
細川潤次郎 男爵 枢密院顧問官 細川農場 明治36(1903)年 西原 0.67 耕地小作

那須野が原の華族農場(『那須野が原に農場を』那須野が原博物館、2018年を元に作成)